My 3rd Life

それまでの私、こどもと私、これからの私。

うちの食物連鎖事情

うちの長男は虫が大好きだ。

私には弟が居て、彼も生き物が好きで、バッタ類の他、ザリガニも何年も飼ってたりしてたので、男児を授かった以上、家で虫類を飼う事になるであろう事は覚悟していたし、旦那も長女も生き物や世話が好きな事もあり、夏本番に向けて、虫かごは増える一方である。

 

まだ幼いうちは、主にバッタを飼ってて、とにかく草を家族で協力して取って来ては虫かごに入れていた。

ただ、入れるだけでは(枯れた)草だらけになってしまうので、週末などに虫かご内を掃除し、また一週間草を入れ続ける、という風。

土を入れて草を根ごと入れるのも有効だが、バッタの数が多く、また成虫ばかりになってくると、これもすぐ根だけになってしまう。

 

で、それが、徐々に肉食の生き物に移行してくる。

肉食と言っても、まずはカマキリやヤブキリ、キリギリス(雑食)などで、この辺の虫の範疇なら、死骸でも食べるので、餌の確保や餌遣りにはあんまり困らない。

キリギリスは野菜の他、煮干しなどを与えておけば、虫はたまにでもいいし。

カマキリは、虫かご内に置いておくだけでは食べないが、ピンセットなどで挟んで目の前で揺らしてやると、飛び付いて食べ始める。

 

これが爬虫類や両生類になってくると一気にややこしくなる。

彼等は生餌しか食べないからだ。

 それでも長男は何しろ好きなので、毎日蝶や蛾、バッタ、蜘蛛などを捕まえては、与えている。

ただ、飼ってる数が多いので、餌の数もかなり要る。

長女は学校の帰りに草など取って来てくれるのだが、最近は蛾も捕獲して帰ってきたり、下の双子も外に行くと、草をむしる他、小さな芋虫(もう季節的にあまり居ないが)や蛾や蜘蛛など見付けると捕まえて袋に入れて持ち帰る勢いだ。

雨の日などは虫を捕りに行き辛いため(行く事もあるし、ベランダで蜘蛛とか捕獲したりもする)、餌用の虫を虫かごに保存していたりもする。

 

ただ、蛾とかだとあんまり何も思わないのだけれど、この餌用箱に入ってるバッタを見ると、母としては切なく、可哀想だなと思う。

今は餌として捕まえてるけど、昔はこんな子バッタでも捕まえると喜んで、大事に家で育てていたのだ。

それなのに今は餌として食べさせちゃうなんて・・・

 

確かにカナヘビやヤモリはよく見ると可愛い。

パクッと餌を咥えて噛み直し、体内に収める様子を見る長男は幸せそうである。

確かに他の生き物が餌で、飼ってなくても外では食べてる訳だし、飼ってる以上は生餌を与えるのがむしろ正道ではある。(でないと死んでしまう)

 

とは思うのだが、先日、つい長男に、前はあんなに大事に飼ってたバッタなのに、餌であげちゃうなんて可哀想、バッタはあんまり餌で与えないで欲しい、と伝えた。

長男の反応は、’きちんと飼っているのに何故文句を言われるのか’という怒りを含んだものだった。

まぁそりゃそうなのだ。

弱肉強食だし、食べて食べられて、自然界は成り立っている。

私自身、魚や肉類を食べてる訳で、それなのにバッタを餌として与えるのが可哀想だなんて、詭弁だ。

それにこれは町中の特殊事情かも知れないが、公園というのは一定の間隔で剪定されて、剪定作業が行われると、それまでピョンピョコ跳ねてたバッタは一掃されてしまう。

剪定作業中に死んでしまうものも居るだろうけど、多くは餌の草がなくなり死ぬのだと思う。

公園位しか集中して草が生えてる場所はなく、他の公園まではいくら何でも距離があり、移動してるとは思えない。

なので、長男が日々調達してくるバッタの多くは、いずれ剪定作業で死んでしまう子達だ。

  

頭では理解出来るのだけれど、でも何となく、家でバッタを餌にしてるところを見るのは嫌なのだ。

これがもし旦那なら、生理的に嫌なのだと伝えれば、ママが嫌なら、と大人なので止めてくれるだろうが、長男の主張は間違ってないのだ。

ここはやはり私が目を瞑るべきところなんだろう、、

長男に、私はバッタを餌にしてするのは嫌だと伝えたので、一応私の意思を考慮して、バッタ以外の餌の比率を上げてくれる事を祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロ学の話

「名刺入れ、買い換えるなら何色がよい?」

たまに旦那からこういう連絡が来る。

何で私にこんな事聞いて来るかと言うと、私が昔、ゼロ学という運勢鑑定術を学んでいた事があるからだ。

というか、それを勉強したのも、結婚当初、旦那に勧められたからだけど。

ゼロ学って、細木数子さんの六星占星術(名称違うかも)ライクなもの(ゼロ学の人は、細木数子さんが真似をしたって言ってたけど)で、生年月日からその人の属性を判別し、運勢を鑑定する事に適した学問、である。

術というよりは学問であると中の人は言い切ってたし、実際学問の一種と言ってしまっても間違いではないと思う。

過去の分析に基いて現在を分析し、未来を予測するのに適した、統計学に近いものっぽい。

 

そもそも私は理系だし、科学的思考性向の強いタイプなのだけれど、旦那は違って、神頼みみたいなのが大好き。

開運グッズが凄く好きで、すぐ買っちゃうし、人に貰っても喜ぶ。

一時期、神棚を欲しがってうるさかったのだが、会社に作ることで家に設置するのは諦めてくれた。

神棚用の榊(と会社の熱帯魚)の世話は旦那の仕事である。

その流れでゼロ学にもハマっていて、結婚する時もわざわざ相性を鑑て貰ったりした。(--;)

 

で、ゼロ学は来るよ、お客さん紹介するから勉強して資格取ってよと言われ、半信半疑ながら受講し、一応鑑定士の資格を取るまでは行ったので、旦那からこうして色とか聞かれるのだ。

ただ、私の中では、どうしても胡散臭さを払拭出来なくて、これを仕事としてお客さんからお金を取る気にはなれなかった。

それに本部のやり方にも疑問に思うところがあり、、、

 

ゼロ学は登録商標で、継続して看板代を払わないとゼロ学鑑定士を名乗れないので、お客さんとってお金を取るような事はしてないし、旦那の知り合いや自分の知り合いには無料で鑑てあげたりもしてたけど、すっごく疲れるので、それも旦那に、私もうムリと断った。

中の人曰く、ゼロ学というツールを使っての鑑定であって自分の判断ではないのだから、自分自身には責任はないという事なのだけれど、相手は真剣に相談してきてて、それに自分自身半信半疑のゼロ学の鑑定結果を伝えるのは、気が重い作業だった。

旦那にも、私の立場はちゃんと表明してあるのだが、旦那はゼロ学にハマってるので、こうして聞いて来るし、まぁ、旦那の人生と私の人生は一蓮托生みたいなものなので、旦那に対しては気楽に回答している。

 

ただ、胡散臭いながらも一定の真実はあって、私もゼロ学信奉してる部分がない訳じゃない。

昔カジノで働いてた事があるんだけど(日本では違法、、、だけどもうとっくに時効^^;)、その時はよく、目に見えない運気を、見た。

ツイてる、ツイてないの波、流れ。

運気の流れというのは確実にあって、カジノとかだとそれはごく短時間で凝縮されて体験出来るけど、通常はもっと長いスパンなので、自分も周囲も結構気付かなかったりする。

(もちろんカジノでだって、自分がツイてない自覚なくドンドン沈んで行く人も多い)

そういった運気を鑑るのには、ゼロ学は恐らく適している。

それにこういう流れって、本人の自信に上向きの影響を受ける事も多い。(関係ない事もあるけど)

なのでゼロ学で、今は絶好調です、そのまま突き進んでください、なんて言われてその気になるだけでも、正直効果あると思う。

勝負事する人とか試合運びとか、会社経営やってく人には、この流れを制する、少なくとも意識するのは必須スキルだと思う。

  

どちらかと言うと、そういった時空に多く居る旦那がハマるのも分からないでもない。

特に旦那は、決断事が減らせるのが有難い、らしい。

日々色んな事を決めてるので、名刺入れの色でも指定されてると考えなくて済むし、しかもそれが運気を上げる(もしくは下げない)ならば、申し分ない、みたいだ。

それに、実はどちらも選んでも問題ないけど、どちらかを選ばなければならない局面で、こっち、とゼロ学が導いてくれるのも大変楽だと言っていた。

(私はそこまで断定的な鑑定は出来ないので、まだ時期じゃない、とか、やるならこういう面を意識して、とか、今ならいいんじゃない、程度のアドバイスだけど)

 

とりとめのない文章になっちゃったけど、、、さわりだけをツラツラ書いてたらこんな風になっちゃった。

まぁいいや。

 

 

 

 

 

 

 

子どもの娯楽の話

先日、幼稚園で七夕会という、歌やダンスを発表する会があった。

上の子達の時は、幼稚園で製作してきたり、お遊戯で踊ってても、よくできたね、可愛いなぁという感想だったけど、一番の下の子達だからか、何してきてもやけに感動する。

持ち帰った製作物を見ては胸が熱くなり、お遊戯見ては涙、である。

で、その七夕会では、キョウリュウジャーのLUCKEY STARという曲で踊ってて、とても恰好良かったのだけれど、そういえば、そろそろ戦隊モノも一度は見せておいてあげないとなぁと思った。

真ん中の長男にも、そろそろ、、と一度、当時の戦隊モノや仮面ライダーなど1度見せたのだが、彼はそういった番組が好きでなかったらしく、2度と見たがらなかったので、以来うちではソレ系の番組を観てないのだ。

というか、私がテレビを観ない事もあり、そもそもうちでは子供向け番組をほとんど観ないのだが。

(定期的に観てるのは妖怪ウォッチ位か、、でも妖怪ウォッチも最近はあんまり観なくなっちゃったけど)

 

長男が年中で幼稚園に入った年の、丁度今位の時期(もう少し後だったかな?)、クラスの子の腕を噛むという事件があった。

幼稚園から電話が掛かってきた時は驚いて、気性が荒めの子ではあったけど、噛むという行為自体、家ではしてなかったから(もっと小さい時に少ししてた事はあったけど)、ちょっとにわかには信じ難かったのだが、それも1カ所でなく、明らかに歯形が残って、5カ所程噛み跡があるというのだ。

幼稚園では先生が聞いても理由を言わなかったらしいのだけれど、私にはすんなり教えてくれた。

当時(今もなのかも知れないけど)、ドラゴンボールのカードゲーム(ドラゴンボール ヒーローズ)が巷で流行っていて、そのカードゲームの話を、知ってる?とその子に振られたらしく、それで「知ってない。」って答えてるのに何度も聞いて来たから、らしい。

なるほど、と。

自分は知らない、でも恐らく格好良くて素敵なものを相手は知っていてそれを持っているのに、自分は何のことか分からない、という状況が、羨ましく我慢出来なかったのだろう。

当時、ピカチュウのメダル?ゲームみたいのも流行ってて、それをみんな幼稚園に持って来たりするのに(そういうのが持って来れる緩い幼稚園だったのだ)、長男は1つも持ってなかったというのも、拍車をかけたのかも知れない。

母親である私は、そんなのくだらない、というか気にも掛けていなかったし、ましてや幼稚園でそんなの、早過ぎるという認識だったけど、長男にとって他の子が知ってる(もちろん全員じゃなかったのだろうけど)のに自分が知らない状況は耐え難かったのだ。

 

で、その時は、私も訳分からなかったけど、とりあえずイオンのゲームコーナーに長男を連れて行き(長女が情報を仕入れて来てくれたので)、一緒にそのカードゲームをした。

やり方が分からないので、並んでる男の子に聞いたら、逃げられてしまい、手探りでプレイを始めたら、状況を察してくれたらしい、常連っぽい大人の人達(めちゃカードを保有してて、、大人でも真剣にハマるものらしい)が、サッとカードを盤面においてくれて、1回しかプレイしなかったけど、3~4枚カードを貰って(ゲーム終了後、返そうとしたのだけれど、ダブってて要らないのでとくれた)5枚のカードをゲットし、しかもそのカードくれた人に説明もして貰って(テンパってたしよく覚えてないけど)、母としてもちょっと勇気要ったけど、息子はそれで満足した様子だったし、結局それは対応として良かったと思う。

というか、息子は余程嬉しかったらしく、幼稚園で、「ママとドラゴンボールのゲームをしたよ」という絵を描いてくれてました。

 

以来、親としては積極的に関わらせたくない、でも一定数の男の子の間で流行っているものに関しては、少なくとも1度は経験させて、どんなものか認識させておくように心掛けています。

その後どうかなと思いつつも、DSなどのゲーム機を購入する事になるけど、他の子よりプレイ時間が短かったり、制限があっても、とりあえず家にあるってだけでも満足みたいだし、それに一般的に熱狂を持って受け入れられるものがどんなものなのかっていう事を知識として持っておくのはある種の経験というか、それも必要な事なのかなと思う。

 

小さい頃TVゲームをほぼ禁止されてた弟が、大きくなってから廃人のようにゲームばかりしてたの見てる(その後ゲーム会社に就職・・今はもう転職したけど)し、旦那もテレビ好きが高じてテレビマンになってるし、親としては距離を置かせたい娯楽であっても、それなりの市場になってるものなのだから、一通りは経験させた方がいいのかなって、思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長女への仕掛けの話

今期、長女は海外のキャンプに参加する。

切っ掛けは、娘は合唱をやっているのだが、その公園のチラシを配っていたところ、同じくその海外キャンプ募集のチラシを配っている団体が居て、チラシを交換したこと。

普段なら、そんなにじっくり見なかったかも知れないけど、合唱の書類と一緒になってて、合唱関係の人から個人的に案内されたのかなと思って(丁度募集年齢がドンピシャだったから)しっかり読んだところ、その趣旨に大いに私が共感したのだ。

結局、世界から戦争をなくすには、子どもの頃に、他の国の子と交流して、生まれた国や育った環境が違っても、皆同じなんだって事を実感するのが一番で、そのために10か国程の国の子が1カ所に集まって1か月程一緒に暮らすという事を実施しているという団体で、私は、コレだ!と思った。

そう、私NZの経験から実感してるけど、実際に友達が外国に居ると、争おうという発想にならない、なり難いから。

 

主人は仕事の関係でちょこちょこ海外に行く事があるのだけれど、中国が嫌いで、家でも文句を言う。

ので、子供達も中国に対して偏見があり、私はとても気になっていたのだ、、、確かに騙されかけたり、酷い目に遭ったらしい旦那の気持ちも分からないでもないのだけれど。

確かに海外の子と交流した時、それはないだろう、受け入れられないって思う事もあるだろうけど、それは育った文化や風習の違いで、日本人にだって、他国の子からみれば有り得ない部分が当然あるって事、子どものうちに肌で感じられる事は、とてもよい事だろうと思って。

それにこれも前述したけど、上の子の倫理観は下の子達に伝染するので、長子である娘には特に、差別感を持って貰いたくないと思うから。

 

で、先日、その歓送会があって。

今日この件に関してブログを書きたいと思ったのはそこで来賓として招かれてた、大学の先生のお話がとても素晴らしかったので、自分の備忘録としても記録しておきたくて。

その方は黒人の方なのだけれど、もともと国際機関にみえて、でもそこで日本人の喋れなさ(世界に伝えるべき内容を十分持っているのにそれを発信できないもどかしさ)に失望して、今は日本で教育に携わってみえてて。

少しイントネーションが違う部分があるけど、すごく流暢な日本語で少し自己紹介された後、まず、この中で、英語が喋れたら恰好いいなって思ってる人、居ますか?って聞かれて。

当然、それなりの人数が手を挙げます。

で、少し喋った後、じゃ、自分から誰にでも話し掛けられますよって人、どれ位居ます?

どちらかと言うとリベラルな人たちの集まりなので、そこそこ手が挙がったけど、さっきより少ないですね、と受けて、また少し喋った後、じゃあ、ネイティブみたいに喋れるようになりたいって思ってる人、いますか?と。

最初程じゃないけど、2回目よりは多く、それなりの人が手を挙げたんだけど、それを受けて、あのね、と。

どう頑張っても、ネイティブのように喋れるようにはなりませんよ、生まれ変わってネイティブの国で育たないと無理ですよ、と断言です。

世界中で、英語が喋れない国って、ほとんどないです。

日本以外では、中国と韓国位。他の国では、意思疎通のツールとして、英語が使えますよ、と。

自分自身、非英語圏で生まれ育ったけれど、中学を卒業する頃には、英語が喋れるようになってました。周りもそうです、と。

で、何で日本人は英語が喋れないと思いますか??

・・・これは日本人の皆さんが誇りに思う部分でもあるんですが、、、と溜めて、

’完璧主義’です、と。

いやもう私もホントそうだと思う。

今の自分では無理喋れないって、みんな思い過ぎ。ホントは、中学校までで学んだ事で、十分喋れるのに。

 

で、完璧主義は、日本人の素晴らしい個性であって、それが上手く表出する部分ももちろんあるけれど、言語習得に関しては、障壁でしかありません、と。

是非皆さん(海外キャンプに行く子ども達へのメッセージだから)、相手から話し掛けて貰うのを待つのではなく、自分から話し掛けてください、と。

本当そう、・・・娘、出来るかな??頑張れ!!

 

あと、ネタ切れになるんですよって話にも、大いに共感しました。

これ、旦那とも話すんだけど、いくら英語が喋れても、話すべき中身がないと意味ないよねって。

で、その先生は、ネタ帳を作るといいって、具体的にアドバイスしてました。

海外の子、日本にとても興味があって、日本の事聞きたがる、と。例として電車とか挙げてみえたけど。

そういう日本の事をよく知って、海外の子が興味を持ちそうな事を調べてまとめておいて、出発までに覚えて言えるようにしておいて下さい、と。

また帰国後に、そのネタ帳がどんな風に役に立ったか、教えてくださいね、と。

 

 素晴らしい。

そんなに長いスピーチでもないんだけど、必要な事がギュッと詰まってて。

この先生のお話が聞けただけでも、この会に出た甲斐があったと思えた。

そうそう、ネタの話も、大事。

海外に出て行くなら、日本の事は最低限、きちんと知ってないとね。

ホントは近現代の歴史とか、社会情勢とか、日本人知らな過ぎの部分も、勉強して行ってくれるといいなと思うけど、まだ、難しいかな・・

まぁ、恥ずかしい思いして帰って来てから、勉強してくれても、いいけど。

NZに居た時に、台湾の子達がやたら優しくてすっごく良くしてくれたし、仲良くしたがってくれて、その時は単純に嬉しかったけど、どうしてそんなに親日なのかとか、それ以外の周辺国との温度差が、ホントにその時は無知で何も分からず居たけど、今思うと、当時は歴史的な背景を何も知らなくて、失礼だったなと思う。

 

娘も、出来る限り準備はして行って欲しいけど、全部は無理だから、上手く行けばそれでいいし、でも失敗もたくさんして、帰って来てくれたらいいと思う。

娘より親の方がワクワクして来ちゃったよ、、子育てって楽しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

ベルマークについて

イオンの黄色いレシートという制度をご存知だろうか。

特定の日にイオンで買い物すると、普段とは違う黄色いレシートを渡され、それを寄付したい団体用の箱に入れると、金額の1%がイオンより寄付(現物支給)されるという仕組みだ。

これを最初知った時、素晴らしい取り組みだなと思った。

イオンが勝手に寄付する事は簡単だろう。

でもわざわざこんな仕組みにする事で、自分たちが寄付という社会貢献を行っている事をアピール出来るし、消費者側は何も負担なく寄付に協力出来るため参加し易く、普段寄付には消極的な人にも、社会貢献を意識させる事が出来る。

特にイオンは子連れで買い物する事も多いので、子どもに寄付の事、ひいてはお金という物について話をする切っ掛けにもなる。

(子供は説教されると聞いてないけど、それなぁに?と自分が疑問に思った事に関してはちゃんと説明を聞く)

にしても、これレシートを団体毎に集計する作業とか、かなりの手間だし、団体ごとに集められた金額を管理して、支給する物資も団体毎に異なるだろうし(もしかしたら商品券のような金券なのだろうか??よく知らないが)、イオンよくやってるなぁと思う。

(学校もこの箱を設置させて貰ってるようだが、このレシートの集計作業については誰もやってる節がないので、イオン側でしてくれてるのだと思う)

 

さて、先のブログで触れたけど、私は小学校のPTA役員で、ベルマーク部の部長をしていた事がある。

部長だったので、ベルマーク説明会にも参加したし、どうせ関わるならベルマークについてよく知っておきたいと思って取り組んでいた事もあり、ベルマークに関しては、結構詳しい方だと思う。

やってみて思った感想は、本当に要らないなという事だ。

何となくベルマークって社会貢献っぽいイメージがあるが、ベルマークを集めて得をするのは、集めてる団体(私のケースならその学校)だけなので、特に社会に貢献してる訳でもない。

一応、集めたポイントを、ベルマーク運営団体から送られてくるカタログの中から選んだ商品に替えると、その購入(商品)代金の一部(5%だったかな?)が僻地の学校(など?)に募金されるため、社会貢献に繋がる、とアピールされていて、そのために何となく、社会に役立つもののようなイメージがあるのだと思う。

だが、募金先がごく限定されているし、購入して貰った企業が募金する5%(違うかも)も、そもそもそのカタログに商品を載せれる手数料として考えれば企業は損ないし、確かに社会貢献ではなるだろうけど、そんなにアピール出来るほど?と思わなくもない。

 

で、結局、ベルマークを学校などで一生懸命集めてるのは、その学校の資金源にしたいからである。

(これって、知ってる人には当たり前なのかも知れないけど・・・私は、何だかもっと社会貢献度の高い行為だと漠然と思っていたので、この事実に結構びっくりした)

なるほど、だからこんなに一生懸命集めようとするのか、と。

で、実際のところ、うちの学校では毎年、大体10万円弱集まるようだ。

思ってたより金額多くて驚いた、、、ベルマーク部員1人に対して、お茶代として千円ずつ支給されるため、年度末にそのお金でランチ会を開催するのが慣例なのだが、それを経費として差し引いても、それなりの額で、まさにチリも積もればなんだな、と思う。

 

が、そのために必要とされるお母さん達の負担は大きい。

仕事してる人は、部会の度に休んだりシフト調整しなきゃならないし、家でのベルマーク整理作業もある。

ベルマーク便りの印刷作業もある。

計算すると、部員1人当たり、6千円ずつ支払えば、ベルマークを一生懸命集計する作業から解放されるのだが、正直、それで一切作業しなくて済むなら、払う人が多いんじゃないだろうか。

というか、学校の世帯で割ってしまえば、年間300円に満たない額だ。

ベルマークの回収は廃止して、PTA会費を集める時に一緒に、ベルマーク代替金として300円集めれば済む。

 

だし、そもそもベルマークで購入するものって、予算つけて貰って買う程じゃないけど、まぁあるといいよね、みたいな微妙なものだ。

(古いメロディオンを買い替えたり、一輪車を買い増したり)

うちの学校、去年全クラスにクーラーが付いたし、今年、来賓がよく使うトイレには、ウォシュレットが1つ付いた。

正直、潤沢にお金を使えてるように見える。

学校の設備がよくなるのはいいのだけれど、一方で、ベルマーク収集整理の現場を知ってる身としては、何とも言えない脱力感がある。

 

最初ベルマーク部で活動する事になった時は、折角ベルマークに関わる事になるのだから、自分の子ども達にもその意義を伝えて、一緒に学べる事は学んで、派生して教えたり伝える事が出来るといいなと思っていた。

が、実際よく知ってみると、結局単に自分の学校のために集めてるだけなのだ。

特にそこに、子どもに力説するような内容はなかった。

一応、じゃどうしてベルマーク付けてる会社は得しないのにそんな事してるの?という話で、そりゃ広告になるからだよ、ベルマーク分、企業が募金する事になっても、それだけの広告効果があるからだって話が出来た位。

 

ま、小さい子が、ベルマーク見ると喜んで、慣れない手つきでハサミを何とか使ってベルマークを切り取って誇らしげに持ってくると、可愛いし、じゃ、集める日に持って行こうね!ってほのぼのするけど・・・

(でもこれが、整理が大変なので綺麗に切らないとダメだったりする(--;))

確かに家の中のベルマークを探して、切り取って集めるって、宝探しみたいで、そういう点では楽しめる部分もあるのかも知れない。

ただ子供ってすぐ飽きちゃうけど。

そもそもうちは生協の個人宅配やってる事もあり、ベルマーク対象商品が家に少ないから、余計意義を感じられないけど、家庭によっては、ずっとほのぼのしてるのかも知れない。。

 

とにかく、私はかつてベルマーク部の部長をしてたけど、部員さんの負担を減らすため、なるべくベルマークは子どもに学校に持たせないようにしています。(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は

気遣いが足りず人を傷付けてしまい、昨日からその事ばかり考えてしまって、なかなか浮上出来ないでいる。

人間だからミスは仕方ないし、ピンチはチャンス、その分リカバリして活かせばいいって、

頭では分かってるのだけれど、感情の方が付いていけてない。

 

他の話題に集中して文章にする事が今日は出来そうにない。

ダメージを与えてしまった彼女に失礼な気もするし。

 

サーバー周りの仕事とか、家事とか、子供の事とか、やる事があって救われる。

今日は書けない。

でも明日は書く。

 

 

 

 

結婚に役立つIT技術

今日は緩い話で。旦那との馴れ初めを。

当時、私は水商売をしていた。

話が飛ぶようだが、もともとたまにコンパニオンという、登録制のお店に派遣されるシステムを利用して、昼は会社でプログラミングをし、夜はコンパニオンでお酒飲みながらお喋り、という生活をしていたところ、何回か派遣されたお店の常連さんに、この店で働いてみないかと声を掛けられたのだ。

(仕事が忙しい時には難しいが、ヒマな時だと、週3とか行ってた、、その分行かない日に遅くまで仕事すればいいし)

いくつもお店には行ったけど、お店のサイズは小振りながら、客層が上品で雰囲気がよく、私もここのお店はいいなと思ってて、インスピレーションのようなものもあり、丁度時期もよく、会社は辞めてしまう事にした。

最初に就職した会社を辞めて、すっごい小さな会社に入り、そこでは最初は自社開発とか、受注案件を自社内で開発してて、学びも自由も多く、楽しく暮らしてたのだけれど、その会社が途中から派遣に力を入れ出し、客先常駐が多くなってきて、仕事内容が退屈になってきてたところだったので、水だけやってみてもいいなと思ったのだ。

客先に派遣される時には、何人かのグループで行くのだが、私以外は新人さん(派遣し出してから急に人が増えてた)やフリーの人で、私は社員だったから、その人達の勤怠管理とか進捗管理みたいなのもしてたのだけれど、まとまりで扱われて正当に評価されない仕事にやる気を失ってたのだ・・・

水はお店に所属しててもお客を呼べるかは個人戦だし、結局しっかり営業してれば、1か月もすれば結果で出て来る。そこも面白く、やりがいがあった。

(お店の照明が暗いので、若くてそれっぽい恰好してれば、美人でなくても全然OK)

 

正確に言うと、この時当時の恋人と、アプリとか作って生計を立てたりとか、自分達で稼いで生計を立ててみたいねという事になり、2人とも会社を辞めて、私は水で2人の当面の生活費を稼ごうと思ったりしていた・・・

ただ、この時の恋人には大変申し訳なかったのだけれど、私はどっぷりハマってしまって、結局じきに別れる事になった。

やっぱり特別な、独特の魅力のある仕事だよ、、、危険というか罠も多くあるけど、、特に若いうちはホントに面白いと思う。

チヤホヤされるし、こういったところに呑みに来れるお客さんはある程度社会人として成功してる人達なので話も面白いし、押しも強い。

恋人に、お金のために水商売をさせる事は絶対におススメしない。(高確率で別れることになる)

 

そんなこんなで、1年弱ほど水だけで生きてた時、旦那は、常連さんに連れられてお店に現れた。

見た目恰好いいとは言い難かったけど、年齢層高めのお店だったから、まず30代(後半でも(^^;))のお客さんはごく少ないし、テレビマンだけあって、話も面白く、それにお店をよく知っていた。

アフターで連れて行ってくれるお店にセンスがあったし、エスコートの仕方とか、とにかく相手を楽しませたいという気持ちが前面に出てて、お店と関係なく、友達として個人的に付き合ってもいいなと思える人だった。

 

旦那はお店に通うようなタイプでなく、私が居たお店に最初来たのも、半ば強制的に連れて来られた(もともと紹介でしかお客さんは来ないが)らしい。

そこで名刺を貰った私から営業をかけられてお店に足を運ぶ事になるのだけれど、私をいいなと思ったのは、放送が近いから観てねと案内された番組を私が観て、感想をメールしたのだけれど(私は普段テレビをほとんど観ないのだけれど、それはNHK教育か何かの真面目な番組で、私は旦那の面白い喋りと番組テーマの真面目さとのギャップに、どんな番組なんだろうと興味を持って観たのだ)、その感想が的確だったのと、携帯からのメールなのに、パソコンの画面で見た時に改行とかきちんと表示される事に感心したらしい。

携帯から打ってるのに、相手のメールアドレスがPC用だからPCで開いた時に見易いように整形してるなんてタダモノじゃない、と思ったらしい。

 

・・・これにはカラクリがあって、実は私は営業メールをパソコンから打っていたからなのだが。

営業メールは家でパソコンから、でも返信は携帯に欲しかったので、パソコンからメールしつつ、メーラー(Beckey)でメールヘッダ―のfromに携帯のアドレスを入れてただけである。

今ではメールサーバーのチェックが厳しくなって多くのメールサーバーでスパム扱いされてしまうため、この手法はもう使わなくなったが、当時はドコモもAUJ-phone(vodafoneだったか、、そうまだsoftbankじゃなかった(^^;))も、fromいじってあっても普通に届いたのだ。

それを聞いたのは、結婚が決まってからで、しかも他の人も居る時に(どこが決めてだったの?みたいな振りをされたのでそんな話になった)で、いや、それは、、それはPCで打ってたからや・・・!と冷や汗掻いたが(すぐに言えず、後に2人きりの時にカミングアウトした)、今となってはいい思い出だし、もしかしてそれがなかったら、旦那とは結婚してなかったのかも知れない。

そう思うと、IT技術って、役に立つな!!としみじみ思う訳です。

しかももう1つの決め手なんて、読書感想文の延長だしね、、学校の勉強も、ちゃんとやっとくと結婚に役立つんだ。(^^;)